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Top Interview

三浦奈保子さん タレント三浦奈保子さん
子どもをその気にさせて夢を 意識させる親の「操作」は偉大でした
[2011年冬号]
東大卒タレントとして、その知識を生かし、クイズ番組や教養バラエティーを中心に活躍中の三浦奈保子さん。本が大好きだった幼少時代から、早稲田大学を中退して、再受験して入学した東大時代まで、ご家族とのエピソードや勉強法についてうかがいました。
家族の分も貸出枠を利用。図書館から30冊を借りて1週間で読んでいた幼少時代
――三浦さんの幼少時代のお話を聞かせてください。
 絵本を読むのが大好きな子どもでしたね。というのも、ひとりっ子だったせいで、家でひとり遊びをする時間が長かったんです。
――どのような本を読んでいたのか 覚えていますか?
 ディズニー・シリーズや『ねずみくん』『ノンタン』のシリーズ、『はらぺこあおむし』などの絵本ですね。幼稚園の頃から図書館が大好きで、「ひとり10冊まで」という貸出枠を、家族3人分フルで使って、毎週30冊借りて、1週間で読んでいました。小学校の頃は、キュリー夫人などの偉人伝や『十五少年漂流記』、『ロビンソン・クルーソー』などが好きで読んでいました。
小1からのルール「毎日30分机に向かう」
――ご家族からよく言われていたことなどはありますか?
 幼稚園の年長くらいから小学校に入るまでの頃は、同じ世代の友達と外で遊ぶのが楽しくて。そのせいか、小1のときから「1日30分は机に向かって勉強すること」が家のルールになりました。でも勉強は好きでしたし、「短い時間でどれだけおもしろいことを知れるか」「これだけやれば、あとは何をやってもいい」と考えていたので、全然苦ではありませんでしたね。
 門限も17時とか18時と決められていましたが、遊びたい盛りなのでいろんな言い訳をして、 破ろうとしていましたね(笑)。
――そのふたつだけですか?
 そうですね。小学校低学年までは、夕食は父と母と私とで必ず一緒に食ベていたので、学校であったことなどは母が話を聞いてくれました。だから父も母も、私の好きな教科や嫌いな教科、友達の名前なども知っていたと思います。また、その頃は東北に住んでいたので、「今週末はあの温泉に行こう」とか相談をしたり。3人のうちでは母が一番話してましたね(笑)。
やっぱり親の「操作」は大事。気づけば中学受験を意識
――中学受験を決めたのは?
 小学校高学年になってからですが、今思い返すと、うちの母はそういう流れに持っていくのがうまかったですね。というのも、小3までは1日30分の勉強を続けて、小4の頃に全国模試を受けたんです。その成績がなかなか良くて、私が興奮していたそのスキを突かれた感じです(笑)。「どうしたい?」って聞かれて、「もっと受けたい!」と。やっぱり、両親の操作って大事だったと思います。子どもをその気にさせて、そのうえで意見を聞いて、自分で言わせる。私ものりやすいタイプだったので、そこから受験を意識し始めました。小6の頃には週4回塾に通って、学校以外で1日5〜6時間は勉強していましたね。
――中学に入学されてからは?
 結構、放っておいてくれました。ただ、門限だけは守りなさいと。基本は18時、それでも事前にお願いすれば、20〜21時くらいまでは許してもらえました。あとは、定期テストのときだけは勉強をしていました。テスト前3日間の少ない時間で、いかに効率よく勉強できるかを追求していましたね。だから成績はまあまあ、良くもないけど悪くもない、といった感じでした。
――東大受験を意識したのは?
 高校に入ってからですね。はっきり東大に行きなさいと言われたわけではないのですが、これも母のテクニックですね、ニュースを見ているときに「東大にはこんなすごい発明をする人がいるんだね」という話が度々出ていたんです。そして、気づけば「東大を受験する」という意識が根付いていました。受験勉強として始めたのは、高3になってからです。周りの友達が「受験勉強があるから」とあまり遊んでくれなくなって、じゃあ私もと始めた感じですね。
――受験期間、ご家族はどのような応援をしてくれましたか?
 理想はおいしいご飯と温かいお布団と笑顔ですが……うちの母の応援は、ピリピリムードに追い打ちをかけるものでしたね(笑)。たとえば、合格祈願お菓子のパッケージを家に貼ったり、「今日はお母さん、3つの神社で合格祈願してきたわよ。だからあなた絶対大丈夫だからね」という調子。お守りも5個くらい勝手に鞄に入れたり。しかもお守りを忘れるとすごく怒るんです。正直、限界まで頑張っているところに、「なぜお母さんはその程度のことで合格できると思っているの?」と、私の場合は悲しくなってしまいました(笑)。
――一度早稲田大学に入学したのち、東大を再受験されました。
 早稲田大学法学部に入学してから夏前までは、「この大学を出て、弁護士になろう」と考えていました。でも、東京大学をあきらめきれなかったんです。私は、運動も苦手だし、美術など秀でた何かがあるわけでもないし、褒めてもらえるのが勉強ぐらいしかなかった。だから勉強で頑張らなきゃ褒めてもらえないのではないかって。そういう思いに加えて、「合格のためにもっとやれることがあった」という反省もありました。12月くらいから過去問をやってラストスパートをかけたのですが、少し早すぎたのか、センター試験で燃え尽きてしまったんです。そして東大の二次試験のあと、自分の得点を確認したら、合格点まで「あと10点だった」と聞いて。 その 10点の間に100人くらいいたと思うのですが、自分の中では「あの問題さえできていれば」なんて気持ちがずっとあとを引いていて。今後一生、東大という名前を聞いて悲しい気持ちになるのも嫌だったので、再
挑戦を決めました。

――大学で学んだことは、今どのように役に立っていますか?

 勉強して身につけた知識も役に立ちますが、大学では「自分にとっての効率の良い知識の身につけ方」もわかります。周りに「知識の身につけ方を知っている人」や「自分のために努力できる人」が集まるので、勉強になるし、そういった人たちとの人脈自体も宝物といえますね。

――読者の方へセージをお願いいたします。

 受験生の側からお願いするならば、疲れているときに、温かく迎えてもらえると安らげますし、明日からも頑張ろうと思えます。おいしいご飯も食べさせてください。ただ、お守りは3個以上買わないでください(笑)。
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